週刊SPAでナインティナインの岡村が今後の抱負を答えていて、その文章構成が勉強になる。

「昔、金八先生が「人」という字を黒板に書いて「人は支え合って生きている」って言った有名なセリフがあって。その言葉を胸にずっと「コンビってそういうことなのか」って思ってたんですけど、こないだなんかのテレビで武田鉄矢さんが、「あれは間違いだった。ただの象形文字で、人が歩いている様子を『人』って形にしただけ。『支え合う』という意味なんてどこにもない」って言ってたんです。「なんてこと言うねん!」と、驚く半面がっかりして。だったら我々ナインティナインは金八先生の代わりに「人はやっぱり支え合って生きていくもんだよね」ということをこれからも伝えていきたいです(笑)」

バラエティ番組の放送作家は、お笑いの構造は「フリ・オチ・フォロー」だと習うそうだが、上の文章にはその構成が見事に活かされている。文章をその三つに分けると、

「昔、金八先生が「人」という字を黒板に書いて「人は支え合って生きている」って言った有名なセリフがあって。その言葉を胸にずっと「コンビってそういうことなのか」って思ってたんですけど、

という所がまでがフリ。
オチを活かすために、「これから良い話をしますよ」というミスリードをしている。

こないだなんかのテレビで武田鉄矢さんが、「あれは間違いだった。ただの象形文字で、人が歩いている様子を『人』って形にしただけ。『支え合う』という意味なんてどこにもない」って言ってたんです。「なんてこと言うねん!」と、驚く半面がっかりして。

ここまでがオチ。事前に「良い話」だというミスリードがなければ予想を裏切られるギャップが減るので笑いが半減する。

だったら我々ナインティナインは金八先生の代わりに「人はやっぱり支え合って生きていくもんだよね」ということをこれからも伝えていきたいです(笑)」

そしてフォロー。オチたままの暗い話で終わると安心して笑えないので、「一度オチたけど大丈夫だったんだ」という表現をすることで笑いがさらに増える。

面白くない話は「オチ」だけを話すからだという。お笑いのプロはこのようにフリとフォローでオチをサンドイッチにして食べやすくしている。

しかしこの型も、テレビでは少し変わってきているようだ。



こうつぶやいた所、テレビ関係の方から次のコメントをもらった。

「今はフリをコンテンツの中で見せるのは無理があるんですが、やっぱりオチのためにフリは必要だと思います。

ただし、そのフリは皆が既に共有できてるものでないといけないと思うんですよね。

AUの桃太郎CMは、既に共有している桃太郎の昔話がフリになってるし、又吉さんの芥川賞は、皆が既に共有している「又吉さんが芸人」ってことがフリになってて、そのオチなのではないかと思ってます。」

確かに。
しかし何十年間と伝承されてきたという「フリ・オチ・フォロー」の構造が揺れているのが面白い。もしくは構造は変わらずに表現が変わるだけなのか、個人的に今熱いトピックだ。

※追記:コメントを参考にタイトルをバイラルメディア風に変えました。