なぜか異常に評判が良いこの記事。
リクエストがあったのでボツカット写真と制作背景を紹介したい。

究極の熟女。大阪の虎ガラのオバチャンと227分 “漂流”デートしてみた!
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ありがたいことに、この記事を読んだ多くの方が「ムダに面白い」とコメントしてくれた。

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他にも「普通に広告できないのかよwwwww」「広告なのに面白いwww」といったコメントもあった。
「ムダ」とは、広告なのに、告知する映画情報とは別に、なぜかムダにコンテンツが作られている、という事だろう。

つまり、「広告はコンテンツではなく、つまらないもの」と思われているのだ。

ただこれは、テレビ番組とCMのように「コンテンツと広告は別物である」という前提での考えだ。
一方、私がここ数年試しているのは、ネットで「コンテンツと広告を一体化できないか?」という事だ。
図にするとこういうイメージで、そもそもの情報の組み方を変えてしまうものだ。

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そうしないと、今のネットでは、ちゃんと制作費をかけてコンテンツを作ることができない、と思うからだ。

もちろんこれまでにも、広告賞をとるような、コンテンツとして成立している広告はあった。
しかしそれはあくまで個々の広告作品であって、私が作りたいのは、広告とコンテンツが一体になったフォーマット、記事の書き方のテンプレートであり、あるていど練習すれば身につけることができるものだ。

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ネットでも、普通は広告とコンテンツは分けられている。ウェブメディアも通常は、コンテンツで集客し、そのコンテンツの周りに配された広告で売上をあげようとする。そのように広告とコンテンツが別の場合、PVをあげながら、いかにコンテンツの制作コストを下げるかの勝負になる。

コンテンツの制作コストをどんどん下げていけば、何が起こるか?
コンテンツを作らない方がよい」という結論にいずれ行きつく。
誰かが作ったコンテンツにタダ乗りすればよい、という事になってしまう。

それが全て悪いことではないではないだろう。
散乱している情報をまとめるなど、図書館の目録のように編集されているものは価値がある。ただその場合「図書館でいう“本”というコンテンツはネットで誰が作るのか?」という問題はまだ残っている。

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ここで考えたいのは、コンテンツはそもそもムダで非効率なものではないか?という事だ。極端な例だが、冒険家の三浦さんが80歳でエベレストの登頂に成功した事は、多くの人に感動を与えた。人が感動したのは、それが、かつてなくムダな行為で、非効率で、誰もやらなかった事だからじゃないだろうか?

例えばこれがもし仕事だったら、清掃業の80歳の男性に、エベレストの頂上を掃除してもらうのは効率が悪い。仕事は基本、効率を良しとするが、コンテンツに限っては、必ずしもそうではない。むしろ逆向きの努力が必要だ。そして、そのムダな努力が人を感動させ、人が集まり、それがビジネスにつながる。

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つまりコンテンツビジネスは、どうやって“ムダ”を効率的に生み出すか?という、そもそもの矛盾を抱えている。例えばテレビは、コンテンツにCMを挟み込むことで、“ムダ”なテレビコンテンツを生み出す仕組みを作った。もしCMが無かったら、どうなっていただろうか?

CMの出稿費からくる制作費がなければ、コンテンツを作ることはできなくなる。テレビ黎明期に、最もコンテンツを作っていたのは映画産業だ。じゃあ、映画批評といった、映画コンテンツに乗っかることで安く放送しよう、と考えてもおかしくない。

結果、テレビは延々と新作映画の紹介をしているだけのメディアだったかもしれないのだ。
これは過去の話ではない。今のネットはテレビ番組が生み出す話題に乗っかったコンテンツが多い。その方が短絡的には、安上がりにPVがとれるからだ。ただその先にメディアの未来はない。

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メディアは、そのメディア自身で、“ムダ”なコンテンツを生み出す仕組みをもたなければ自立できない。効率が良くなければメディアは存在できないが、ムダが無ければ、そのメディアが存在する意味をやがて失ってしまうのだ。ではどうやってコンテンツを生み出すのか?

ネットではTVCMのような、コンテンツと切り離された広告はユーザーに削除かスキップされる。そこで、コンテンツと広告を混ぜ合わせ、コンテンツと広告が共にソーシャルメディア上で拡散することを目指した。こうすれば、コンテンツをちゃんと作るほど広告効果があがる事になり、制作費をかける意味がでてくるからだ。

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コンテンツと広告を混ぜ合わせるためには、まずは共通のキーワードを設定し、両者を結び付ける。今回で言えば、「ライフ・オブ・パイ」=「虎」=「大阪のオバチャン」という感じだ。そして実際の記事では、キーワードを軸に、コンテンツと広告を交互に見せる。

実際に今回の企画書は「池で、虎ガラのファッションをした大阪のおばちゃんとイケメンが漂流している様子を撮影し、話題にすると共に映画を紹介します。

元々は少女であったはずのオバチャンが、なぜ虎ガラを着るようになったのか?というオバチャンの人生を取材し、映画のストーリーと合わせて紹介を行います
」というだけのものだ。これで通ったのは、PR会社の力と、映画会社の器の大きさもあるんだけど。

逆の事をいうようだけど、一体化と同時に、「コンテンツ」と「広告」はそれぞれ独立していないといけないと思う。
「この商品は良いんですって!」なんてのはコンテンツじゃないので、そもそも拡散しないからだ。なので、今回の「虎」のようなキーワードは、広告とコンテンツを結びつけると共に、それぞれを別々に分けてもいる。

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こうまでして制作費を捻出しても、ネット広告の場合、その予算はテレビや雑誌などに比べるととても少ない。なので、制作費をかけながらも、いかに安くできるか、というコストの見直しを常にしなくてはいけない。今回の大阪ロケも、交通費を減らすため、東京から大阪へ行ったのは私一人で、他のスタッフは全て現地調達だ。

既存の雑誌やテレビのコンテンツの作り方ではネットではペイできない。もっとシンプルに作る方法が必要になる。

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同じような話を、堺屋太一が著書「組織の盛衰」で解説している。映画業界が衰退した理由だ。

組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか (PHP文庫)
組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか (PHP文庫) [文庫]


昭和31年には、映画会社の株価は松下電気やトヨタ自動車より高かった。その理由は、テレビが普及すると、そのコンテンツ制作を映画会社が行って儲かると思われたからだ。

実際にはそうはならなかった。映画のような大型のコンテンツを作る体制は、テレビには過剰だったからだ。結果、スタジオも機材もなく、有名俳優も使えない零細プロダクションに、全ての大手映画会社が敗退したという。映画会社が3億円かけて1時間のテレビドラマを作る所を、零細は3千万円で作り、視聴率も負けなかったからだ。

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堺屋式に言えば、映画会社は、「(映画並みの)制作コスト+適正利潤=適正価格」として制作費を見積もった。既に大規模な制作体制ができあがっていたため、まずはコストがこれだけかかるという前提で商売した。一方零細側は、「(テレビ側から見た)適正価格 - 利益=制作コスト」で見積もった。

当時のテレビ局で確保できる制作費を見極め、その範囲で制作できるよう、制作体制を映画よりもシンプルにした。時代は繰り返す。テレビコンテンツを作る体制はネットでは過剰で、例えばどのテレビ局のネット動画放送も、新興のニコニコ動画に、少なくとも視聴数ではまるでかなわない。

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実際に、数年前にネットでもコンテンツを作ろうと思い立ったとき、まず、テレビ系の番組を作っていたプロダクションに相談したが、価格が折り合わなかった。

つまり、「(テレビ並みの)制作コスト+適正利潤=適正価格」ではビジネスが成り立たないので、「(ネット広告の)適正価格 - 利益=制作コスト」の範囲で、制作できることを模索することになった。

そして、コンテンツにソーシャルメディアでの拡散力を持たせることで、この適正価格をあげようと思った。拡散してPVがあがるのなら、広告主はもっと支払ってもよいと思ってくれるからだ。では、どのようにコンテンツに拡散力を持たせるのか?

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まず考えたのは、インパクトがある写真を撮りおろしで作ることだ。写真ならそんなにコストはかからないし、みんなが見たことがない構図を企画すれば話題になる。なによりも、写真は一瞬で企画を伝えやすいので、一瞬しか見てくれないネットと合っている。

次に考えたのは、記事を文章主体ではなく、写真を使った紙芝居のような形式にしたことだ。ネットでは長い文章は中々読んでくれないので、写真を見ていればなんとなくわかるようにした。この「フォト紙芝居形式」のフォーマットで、かなりソーシャルメディアで拡散するようになった。

拡散するのでネット広告費の適正価格が多少あがり、そのお金で新たな写真を撮れるようになった。次に挑戦したのが動画だ。ネットで動画は見られにくい。そこでアニメGIFを多用して、自然に目に入るようにした。次の記事などはその典型だ。ちなみに振付師を雇う予算がなかったため、直接自分で振り付けまでした。

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※アニメ表示されない場合は上の画像をクリックしてみてください。

アニメGIFを効率的に作るため、まず1分ほどの動画を作り、そこから多数のアニメGIFを切り出すようにした。

そしてアニメGIFを拡散させやすくするため、一つのファイルのサイズが、1M以下になるよう調整した。これはTumblrで、アニメGIFをアップロードできる上限サイズだ。アニメGIFが最も拡散されるのがTumblrなので最適化した方が効果がでるからだ。実際に、上の記事について「記事名+Tumblrでグーグルで検索」すれば、アニメGIFが拡散している様子がわかる。

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これによって動画も拡散できるので、さらにネット広告費の適正価格があがり、そのお金で新たな動画を撮れるようになった。そして今、挑戦しているのは、生放送だ。これは始めたばかりなので、これから色々な工夫をしたい。

誰でも“今野杏南”とデートできるマシーンと、日本5大都市の美女が登場!
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今回この番組でニコニコ動画さんと公式にタッグを組んだが、ドワンゴさんのスタッフの優秀さに舌を巻いた。特に荒谷敬介さん。色々と勉強になることばかりで、この分野はこれからも学んでいきたい。

話を少し戻し「ネットでコンテンツを作るために、広告とコンテンツを一体化する」という試みの将来性を考えたい。
ビジネスとして成立するには、その取引に継続性が無ければならない。まずこれは、実際にPVの成果が従来のタイアップ記事の5倍〜20倍でているので、PR会社の協力もあり、リピート発注が続いている。

次に外延性、つまり、既存のリピートだけでなく、新規顧客を開拓できるか?についても、上記の様子を見た他の映画配給会社からも声を沢山頂いており、映画業界以外からの相談も多くなっている。
そしてもっとも重要なのが発展性で、そのビジネスがスケールするのか?という課題だ。

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このようなコンテンツを作る作業は属人性が高く、社内でこなせる人の数は限られている。そのため、受注できる数に限界があり、大きなビジネスに発展しないことになる。ただそれは、社内にリソースを限った話で、じゃあ外部のクリエイターと連携すればいいのだ。

プロデュースと監修を社内で行い、制作作業を社外のクリエイターと連携すればスケールできる。ここで求められるクリエイターは、ネットでウケて、さらに広告とコンテンツを一体化できる人だ。良し悪しは置いておいて、テレビ番組もテレビ局というメディアと制作会社というクリエイターが連携して作っている。
ネットメディアでもできないはずはない。

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これが、ネットメディアでいかに“ムダ”なコンテンツを効率的に生み出すか?という答えの“一つ”にならないだろうか。「コンテンツこそがキング」という言葉は、ネットでも同じだと思う。メディアやプラットフォームは、コンテンツを育てるもので、親であり、脇役でいいのだ。

もし「効率的にウェブメディアを運営するには、コンテンツを作らない方がよい」という意見を耳にしたら、聞いてみてほしい。「それではそのメディアは、何のためにあるのですか?」と。

効率という正義の名のもとに、メディアやプラットフォームという脇役が、コンテンツという主役を殺すような事があってはならない。と、あらためて強く思う。それは、やがて自らを滅ぼす事になるからだ。なんてね〜。


※追記。ついでにこれまでの企画をまとめてみた
ネットで一緒にコンテンツを作れるクリエイターを常に探しています。
だれか良い人いればぜひ教えてください!