『モモ』『ネバーエンディングストーリー』などで知られるミヒャエル・エンデは、童話作家というより社会批評家、思想家であり、童話は思想を伝える手段だ。短編だと思想がよりシンプルに表現されている。
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選択肢が多いほど逆に選べなくなるのは、日常でよくある現象だと思う。このケースでエンデが描いているのは、あるものを選んでしまうことで、他の物を選べないという「仮想の機会損失」が、選択肢が多いほど多くなってしまい、かえって選べなくなる現象だ。

例えばとある超美食レストランに111の料理があり、そのレストランには生涯一度しか行けず、1つの料理しか選べないとすれば、「あの料理の方がおいしかったかもしれない」という111の仮想の機会損失が生じ、かえって不快になってしまうこともある。反対に、最初から一種類のラーメンしかなければ機会損失もないのでよりシンプルに味わえる。

問題なのは、時代が進むにつれて、あらゆる選択肢は増えていく、ということだ。そしてそれはエンデが指摘しているように、幸福とは結びついていない。むしろ、仮想の機会損失を増やしてしまうことで、決断するタイミングがどんどん後ろにずれていく。結婚する平均年齢は時代と共に上がるが、これは選択肢が増えていくことと関係があるのではないか。

じゃあどうすればええねん、ということだが、物語で男がとった「自分の意思を捨てる」という解決策が面白い。そもそも、その選択が良いか悪いかは、現時点ではわからない方が多いので、パッパと決めていったほうが、後から振り返ってみると正解だったりする。その時点では役に立たなかったものが、後からつながって役にたったりもする。

この男が苦しんでいる原因は、未来にならないと正解がわからないものを、今どうにかして正解を知ろうとしている、というバカさかげんだ。その気持ちすごいわかるわ〜。俺やわ〜

自由の牢獄 (岩波現代文庫)
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