圭一がアウトソース病に感染したのは、小さなウェブ制作会社を作って1年目のことだった。最初は圭一がデザイン、コーディング、開発、ディレクション、そして経理まですべてやっていた。

やがて会社が軌道にのるにつれ、彼は自分の得意分野以外はアウトソースするようになっていった。彼は、自分の時間を切り盛りするだけではなく、人の時間をどう活用するかによって、仕事の効率が断然上がることを学習していった。

とある巨大な食品メーカーのウェブ担当者、白石氏と親しくなった彼は、定期的に大きなお金が入る案件を手に入れ、会社はずいぶん安定してきた。彼はそれを機にアウトソースをさらに進め、彼がやっているのはもはやディレクションだけだった。

アウトソースしている分、彼は潤沢な時間を手に入れ、余暇を楽しんだ。「いかに自分が手を動かす時間を減らし、他人が手を動かす時間をいかに上手に買うか?これが商売のコツだよ」と、いつのまにか彼はドヤ顔で後輩達に語るようになっていた。

彼はとある日、若いフリーランスのディレクター、若井に出会い、彼が受けた高度な教育と、地頭の良さに感心した。そして、彼に、唯一自分がやっていたディレクションをアウトソースすることに決めたのであった。もはや彼は何もしなくてもお金が稼げるようになっていた。

このようにどんどん進む彼のアウトソース病はまもなく発症しかけていた。

とある日、彼のクライアントである巨大食品メーカーの白石氏は、友人がバーを開店したというので遊びに行っていた。そのバーは、一軒家を改装したステキな店で、客同士、知らない人でも気軽に話せる空間になっていた。

そこで白石は、ディレクターの若井とたまたま出会い、話しているうちに、彼がやっている仕事が、自分が圭一に頼んでいる案件であることに気付いた。ふとイタズラな好奇心が芽生えた白石は、自分が大本のクライアントである事を隠しながら、若井に圭一の仕事ぶりについて聞きだしていた。

「いや、もう圭一さん何もしないですからね。というより何もしないのを自慢してますからね。俺は効率の専門家だ、とかよくわからない事を言ってるし。圭一さんには感謝してますよ、仕事くれてますしね。でも毎月20万であの仕事はきついなあ」
若井はまだ若いだけに、こういう場でそういう話をすることがどんなに危険かをまだわかっていなかった。

若井の話を聞いた白石は耳を疑った。圭一に発注している金額は、毎月500万を越えている。そして若井から聞いた他のアウトソース先の内容を統合しても、圭一が異常に高い利益率で仕事を回しているのは明快だった。

「君の会社への発注は今月限りだから」と、突然白石から通達された圭一は動揺した。「一体なにを私はしたのでしょう?」と訳もわからず聞く圭一に対し白石は、すっかり冷たくなった口調で「不況でうちも予算が苦しくてね」とだけ答えた。

白石からの売上に多くを依存していた圭一の会社はとたんに苦しくなった。白石から切られた理由を噂で知ったアウトソース先の会社も、彼を敬遠するようになっていた。苦しくなった彼は心が弱り、知り合いの精神ドクター余技に相談していた。

余技は圭一の話を聞き、淡々と答えた。
「それはアウトソース病だね。この病は軽症ならむしろ良い事なんだけど、人の時間を借りる旨味に変に味を覚えると、大変怖い病に変化することがある。

他人の力を借りて、自分の手間を減らすほど、自分は楽になってお金も稼げる。一見いいことに見えるのがこの病の怖いところだ。

もしそうやって、どんどん自分の時間を減らしていくと、ある日、世間の人は、『この人がいなくても仕事は回るのではないか?』と気付いてしまうんだよ。だって、あなたが仕事につかっている時間は、もう無くなっても問題にならないほど小さくなっているんだからね。

アウトソース病は、自分の得意分野により時間を割きたい、というならいい病だ。しかし、自分の手間を減らしたい、とどこかで思ってしまったら、もうこの病の恐ろしさからは逃げられない。この病はそう思ってしまった人をブローカーに変えてしまうんだ」

圭一は呆然と「私はこれからどうすればいいんですか?」聞いた。
余技は「君の得意な事で手を動かす事だよ。かつての君のように」と淡々と答えた。

しかし、すべてを人に任せていた圭一が今持っているものは、もう何世代も前のウェブ技術でしかなかった。

俺モナー