「夫が死んだら結婚してくれる?」
結衣が修一にそう言ったのは、3年ぶりに再会した時のことだった。
彼らは10年来の友人で、結衣は医者と結婚して二人の子供を育て
ており、一方修造は36歳にもなるのにまだ独身でふらふらしていた。

二人は10年前に1度つきあいそうになったが、そのころから
ふらふらしていた修一の将来性が不安だった結衣は、さっさと医者と
結婚していた。「そんなに医者がいいのか?」とみじめに訴える修一に、
結衣は「良いにきまってるじゃない」と明快に答えていた。

気が弱い修一は、「そうか、、」と言って言い返す言葉もなく、そして
バカにポジティブな修一は、「結婚は生活があるから、本当に純粋な
意味で結衣が好きなのは私かもしれないな!」と、わけのわからない
解釈をして目の前の真実をごまかしていた。

「夫が過労死するかもしれない」
3年ぶりに再会した結衣は修一に夫の健康を相談していた。
大学病院から独立して開業医になっていた彼女の夫は激務に追われ、
ウツ気味にもなっているらしかった。彼女の夫の過労とは反対に、
無責任でポジティブでふらふらしている修一は、健康そのものだった。

学生時代にやっていた空手を再開していた修一の最近の悩みは
「正拳突きのときの親指の正しい位置はどこか」ということだった。
36歳ならもうすこし他のことを悩んだ方が良さそうなものだが、
能天気な修一は今日もなにも考えていなかった。

「はあ、医者も大変だね」とのんきに答える修一に、
結衣は、開業したもののあまり儲かってないこと、夫が子供達の
面倒をぜんぜん見てくれないことなど、不満を修一にぶつけていた。

「なるほど」「大変だねえ」「頑張ってるね」と答える修一は、
そもそも結婚もしたことがなかったため、よくわかってなかった。
しかし「俺だって結婚のことは少しはわかるんだぞ」という妙な
アピールをしたかった修一は、よくわかってないのにもっともらしく
うんうんとマジメにうなずいていた。

一方結衣は、修一がよくわかってないことを知りながらも、
「修一はバカだけど話をよく聞いてくれるし、健康で、
昔とちがってそこそこ稼ぎもあるし、夫がもし死んだらこの
人はいいかも」と思い始め、悩みをいいながら修一の目を
いとおしそうに見始めていた。

結衣に打算で見つめられているのに、すぐ騙される修一は、
「あれ?もしかして結衣はまだ俺のことを好きなのかな?」
と思い始めていた。そもそも結衣が修一のことを好きになった
ことはないのだが、ポジティブな修一は「やっぱり10年前
に結衣は医者より俺のことを好きだったんだな」と、勘違い
の度合いをすすめていた。

結衣は「夫には生命保険もかけているし、修一なら人が
いいから他人の子供でも育ててくれるだろう。しかし修一
はすぐ女に騙されるから、ちゃんとキープしておかないと
夫が死んだときにちゃんと代わりにならないな」
と考えをすすめていた。

一方修一は、自分の目をみつめながら考え事をしている
結衣のしかめた表情の美しさに、ぼうっと心をとられて、
のんきに浮かれていた。
なので、「夫が死んだら結婚してくれる?」とストレートに
聞いた結衣に、おもわずうなずいてしまった。
修一はとてもおめでたかった。

夫が死んだのはその2年後だった。結衣と結婚した修一は、
のんきに死んだ夫の子供を育てていた。
結衣は、そのことには感謝しつつも、死んだ夫ほど稼ぎが
ない修一に不満をもちはじめていた。前は毎朝かよっていた
エステも、修一と結婚してからは週に一回になっていた。
また、空手の練習で内蔵を強く打たれた修一は、肝臓が
よわって寝込みがちなっており、もはや健康でもなかった。

「夫が死んだら結婚してくれる?」
結衣は、久しぶりにあった旧友の剛にそうささやいていた。
その頃修一は寝ていて、ハワイでくつろいでいる夢をみて
ニコニコしていた。